2024年3月29日、特定技能制度について大きな制度改正が閣議決定されました。改正点は大きく5つに分けられますが、どのような改正が行われたのか、わかりにくいという方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では特定技能制度に精通した行政書士が、閣議決定によって改正された5つのポイントについて、わかりやすく解説します。
特定技能とは
そもそも特定技能とはどのような制度なのでしょうか。
特定技能は2019年4月に始まった在留制度です。少子化などによる労働力不足を解消するために、外国人労働力を積極的に受け入れることを目的としています。
特定技能が創設されるまでは、日本で就労する外国人が「単純労働」と呼ばれる業務に従事することは、一部の例外を除いて原則として認められていませんでした。
「単純労働」ではなく「専門性の高い業務」に従事する必要があったんですね。
ところが、特定技能では「単純労働」に従事することが認められるようになりました。
今までの方針から大きく方針転換したという点で、特定技能の創設は日本の在留制度にとって大きな変化と言えます。
※法務省公表の資料には、特定技能1号の説明として「単純労働」という表現は使われておらず、「相当程度の知識又は経験を必要とする技能を要する業務」という表現が使われています。しかし、従来は認められていなかった現業業務にも従事できるようになったことなどから、一般的に単純労働も可能と理解されています。
2019年以前から「技能実習」という制度も存在しましたが、「特定技能」とは目的が異なることを知っておきましょう。
比較項目 |
特定技能 |
技能実習 |
---|---|---|
目的 | 日本国内の人手不足解消 | 日本の技術を母国に持ち帰り、発展に役立ててもらう
(人手不足解消のために利用してはならない) |
対象 | 一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人
(単純労働も可能) |
高度な知識・技術を必要とする仕事
(単純労働は不可) |
なお、特定技能には「1号」「2号」の2種類があります。大きな違いは次のとおりです。
比較項目 | 1号 | 2号 |
---|---|---|
通算在留期間 | 5年間 | 更新が許可され続けた場合は無期限 |
家族の帯同 | 不可 | 要件を満たせば可能 |
2024年3月29日閣議決定の概要
いよいよ本題に入ります。今回の閣議決定では何が決まったのでしょうか。2024年3月29日の閣議決定では、同時に複数のことが決定されました。それぞれの概要を簡単にまとめたのが次の表です。
決定されたこと | 概要 |
---|---|
受入れ見込み数の再設定 | 2024年4月から5年間の受入れ見込数が82万人とされた
(前回決定比で約2.4倍) |
対象分野追加(4分野) | 下記4分野が追加された
|
製造業分野に業務区分追加 | 「素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業」から「工業製品製造業」へと名称変更された
7業務区分が追加され、合計10業務区分に変更された 技能実習の移行対象職種が追加された |
造船・舶用工業分野の業務区分再編、作業範囲拡大、新作業の追加 | 6業務区分が3区分に再編された
業務範囲が追加された |
飲食料品製造業分野に受入れ可能な事業所の追加 | スーパーマーケットにおける「惣菜などの製造」も対象になった |
それぞれの決定内容について、詳しく見ていきましょう。
受入れ見込み数の再設定
特定技能制度では、受入れ分野ごとに「5年間の受入れ見込数」が設定されています。
そして、今回の閣議決定では、2024年(令和6年)4月から5年間の受入れ見込数が82万人に設定されました。
2019年から2023年までの受入れ見込み数が約34.5万人であったことを考えると、約2.4倍に増やされたことがポイントです。
外国人材確保の必要性がより一層高まり、特定技能制度に対する政府の本気度が伺える決定だといえるでしょう。
対象分野追加(4分野)
特定技能はどのような業種でも認められるわけではなく、次の12分野が対象とされています。
- 介護
- ビルクリーニング
- 工業製品製造業(素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業から名称変更)
- 建設
- 造船・舶用工業
- 自動車整備
- 航空
- 宿泊
- 農業
- 漁業
- 飲食料品製造業
- 外食業
今回2024年3月の閣議決定では、既存の12分野に加え、あらたに次の4分野を加えることが決定されました。
- 自動車運送業
- 鉄道
- 林業
- 木材産業
特定技能制度は、生産性向上や国内人材確保の取り組みを実施してもなお人材確保が難しい分野が対象とされています。
昨今の国内情勢をふまえ、上記4分野も国内だけでは人材確保が難しいと判断されたことは大きな変化だといえるでしょう。
なお、今回追加された4分野については1号特定技能外国人(通算在留期間5年間・家族の帯同は不可)のみ受入れ可能です。したがって、上記4分野では、2号特定技能外国人を受入れることはできません。
製造業分野に業務区分追加
2024年の閣議決定において、「素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業」から「工業製品製造業」へと分野の名称が変更されました。
そして業務区分が追加されたことも大きな変更点です。
もともと「素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業」には以下の3つの業務区分がありました。
- 機械金属加工
- 電気電子機器組立て
- 金属表面処理
上記3業務区分に加え、今回の閣議決定で下記7業務区分が追加されたことがポイントです。
- 紙器・段ボール箱製造
- コンクリート製品製造
- 陶磁器製品製造
- 紡織製品製造
- 縫製
- PRF製造
- 印刷・製本
特定技能1号に移行可能になった技能実習の職種
今回の工業製品製造業の業務区分追加によって、これまでは「特定技能」に移行できなかった「技能実習」の職種の多くが移行できるようになりました。これは大きな転換です。
少し長くなりますが解説します。
本来、技能実習制度は、実習が修了した後は母国へ帰らなければなりません。しかし技能実習2号修了後に特定技能1号に移行する場合は、特例として引き続き日本で就労を続けることが可能です。
技能実習2号を修了していない外国人が特定技能になる場合は、「1号特定技能評価試験」に合格しなければなりません。しかし技能実習2号を良好に修了した外国人は、1号特定技能評価試験に合格しなくても特定技能1号に移行することができます。
ただし、技能実習2号から特定技能1号へ移行するためには、修了した「技能実習2号の職種・作業」が「特定技能1号への移行対象」として認められている場合に限ります。
もし「修了した技能実習2号の作業」が移行対象でない場合には、改めて1号特定技能評価試験を受験して合格しなければなりません。
仮に、1号特定技能評価試験に合格できたとしても、合格した「特定技能の業務区分」は、技能実習の時に従事した職種・作業とは異なるので、多くの場合は技能実習の時とは違う会社で就労することになります。
つまり、特定技能1号への移行対象になっていない職種・作業で技能実習生を受け入れている事業者さんの多くは、技能実習の3年間(または5年間)が終わった後は、別の人材を確保しなくてはならない状況が続いてきました。
仕事や環境に慣れた人材が、3年~5年で母国に帰国してしまうことは、事業者さんにとって大きな痛手かと思います。
ところが、2024年3月29日の閣議決定によって、これまでは特定技能1号への移行対象になっていなかった職種・作業の多くが、移行対象となりました。
今までは技能実習生だけを雇用していた事業者さんも、特定技能1号を雇用できるようになったのです。これは大きな転換ではないでしょうか。
閣議決定前は特定技能1号に移行できなかった職種のうち、閣議決定によって移行可能になった技能実習の職種を、一覧表としてまとめました。
技能実習における職種 | 特定技能1号へ移行可能になった分野(作業区分) |
---|---|
【繊維・衣類関係】 | |
紡績運転 | 工業製品製造業(紡織製品製造) |
織布運転 | 工業製品製造業(紡織製品製造) |
染色 | 工業製品製造業(紡織製品製造) |
ニット製品製造 | 工業製品製造業(紡織製品製造) |
たて編ニット生地製造 | 工業製品製造業(紡織製品製造) |
カーペット製造 | 工業製品製造業(紡織製品製造) |
婦人子供服製造 | 工業製品製造業(縫製) |
紳士服製造 | 工業製品製造業(縫製) |
下着類製造 | 工業製品製造業(縫製) |
寝具製作 | 工業製品製造業(縫製) |
帆布製品製造 | 工業製品製造業(縫製) |
布はく縫製 | 工業製品製造業(縫製) |
座席シート縫製 | 工業製品製造業(縫製) |
【機械・金属関係】 | |
アルミニウム圧延・押出製品製造 | 工業製品製造業(機械金属加工) |
金属熱処理業 | 工業製品製造業(機械金属加工) |
【その他】 | |
家具製作 | ー |
印刷 | 工業製品製造業(印刷・製本) |
製本 | 工業製品製造業(印刷・製本) |
紙器・段ボール箱製造 | 工業製品製造業(紙器・段ボール箱製造) |
陶磁器工業製品製造 | 工業製品製造業(陶磁器製品製造) |
リネンサプライ | ー |
コンクリート製品製造 | 工業製品製造業(コンクリート製品製造) |
RPF製造 | 工業製品製造業(PRF製造) |
ゴム製品製造 | ー |
【社内検定型の職種・作業】 | |
ボイラーメンテナンス | ー |
この表からは、技能実習の職種のほとんどが特定技能1号への移行対象になったことがわかります。
今回の閣議決定で、特定技能1号への移行対象かどうか明確になっていない職種は、以下の4職種だけです。
- 家具製作
- リネンサプライ
- ゴム製造
- ボイラーメンテナンス
しかし、これら4職種も今後何らかの形で移行対象になることが予想されます。
造船・舶用工業分野の業務区分再編、作業範囲拡大、新作業の追加
「造船・舶用工業分野」においては、6業務区分が3区分に再編されました。
- 旧6業務区分:溶接・塗装・鉄工・仕上げ・機械加工・電気機器組立て
- 新3業務区分:造船区分・船用機械区分・舶用電気電子機器区分
また、造船・舶用工業に必要となる次のような作業が新たに追加され、業務範囲が広がったこともポイントです。(赤字が)追加部分
造船区分 | 船用機械区分 | 舶用電気電子機器区分 |
---|---|---|
溶接、塗装、鉄工、とび、配管、船舶加工 | 溶接、塗装、鉄工、仕上げ、機械加工、配管、鋳造、金属プレス加工、強化プラスチック成形、機械保全、船用機械加工 | 機械加工、電気機器組立て、金属プレス加工、電子機器組立て、プリント配線板製造、配管、機械保全、船用電気電子機器加工 |
参考:造船・舶用工業分野における業務区分再編について|国土交通省
飲食料品製造業分野に受入れ可能な事業所の追加
飲食料品製造業分野の改正では、食料品スーパーマーケットや総合スーパーマーケットの食料品部門における「惣菜などの製造」で特定技能の受け入れが認められたことがポイントです。
これまで飲食料品製造業分野では「飲食料品の製造・加工、安全衛生にかかわる業務」を任せられるとされていました。飲食料品の製造・加工とは「原料の処理、加熱、殺菌、成形、乾燥などの一連の生産行為」のことです。
実はこれまで、スーパーマーケットのバックヤードにおける惣菜などの製造は、飲食料品製造業分野の対象ではありませんでした。スーパーマーケットは「小売業」に分類されるため、そこで製造している惣菜も「飲食料品製造業」ではなく「小売業」の一環と考えられるためです。
これまでも「バックヤードで製造した惣菜等の売上額」が「スーパー売上全体額」の2分の1を超えている場合においては、例外的に飲食料品製造業分野の対象として特定技能の受け入れが認められていました。
2024年の閣議決定で売上などの条件を満たさずとも特定技能の受け入れが可能となったため、人手不足のスーパーマーケットにおいても特定技能を活用することが期待されます。
今後の展望 育成就労との関係
今後、技能実習制度は「育成就労」という新しい制度に生まれ変わります。
記事冒頭で紹介したとおり、技能実習は「日本の技術を母国に持ち帰り、発展に役立ててもらう」ことが目的です。日本国内の人手不足解消ではなく、国際貢献の側面が強い制度ともいえるでしょう。
このように「人手不足解消が目的の特定技能」と「国際貢献が目的の技能実習」は似て非なる制度であるため、対象業種・分野が乖離していることが問題とされていました。(先述したとおり、技能実習から特定技能へと移行できない場合もあります)
一方、今後誕生する「育成就労」は特定技能1号へとつなげることを目的とした制度です。
育成就労制度は、育成就労産業分野において、特定技能1号水準の技能を有する人材を育成するとともに、当該分野における人材を確保することを目的とする。
引用元:改正法の概要(育成就労制度の創設等)|厚生労働省
そのため原則として、育成就労の業種・分野(特定産業分野)は特定技能1号と同じものとされています。
比較項目 | 育成就労 | 技能実習 |
---|---|---|
目的 | 特定技能1号程度の人材を育成し、日本国内の産業を支える人材を育てる | 日本の技術を母国に持ち帰り、発展に役立ててもらう
(国際貢献) |
対象業種 | 12分野+4分野
(特定技能1号に準じる) |
90職種165作業
(特定技能と乖離) |
受け入れ人数 | 上限あり | 上限なし |
技能実習制度から育成就労制度への移行時期は確定していませんが、改正法の公布日、2024年6月21日から起算して3年以内に施行されます。
つまり、遅くとも2027年6月20日までには育成就労制度は開始される予定です。
特定技能への切り替えがこれまで以上にスムーズになり、外国人材であっても長期的な雇用が可能となる可能性が高いため、今から準備しておいてもいいでしょう。(育成就労から特定技能1号に移行するためには、1号特定技能評価試験または技能検定3級、日本語試験に合格する必要があります)
まとめ
2024年3月29日の閣議決定によって変更が加えられたポイントを再掲します。
決定されたこと | 概要 |
---|---|
受入れ見込み数の再設定 | 2024年4月から5年間の受入れ見込数が82万人とされた
(前回決定比で約2.4倍) |
対象分野追加(4分野) | 下記4分野が追加された
|
製造業分野に業務区分追加 | 「素形材・産業機械・電気電子情報関連製造業」から「工業製品製造業」へと名称変更された
7業務区分が追加され、合計10業務区分に変更された 技能実習の移行対象職種が追加された |
造船・舶用工業分野の業務区分再編、作業範囲拡大、新作業の追加 | 6業務区分が3区分に再編された
業務範囲が追加された |
飲食料品製造業分野に受入れ可能な事業所の追加 | スーパーマーケットにおける「惣菜などの製造」も対象になった |
特定技能の受入れ見込み数が大幅に増加し、対象となる分野・業務も増えたことから、活用の幅が広がったといえるでしょう。育成就労制度が開始すれば、ますます特定技能の活用シーンは増えていくと予想されます。
「特定技能ねっと」では今後も特定技能の改正点を解説していきますので、ぜひご参照ください。
執筆者:行政書士 小澤道明(東京都行政書士会所属 登録番号:第16080367)