脱退一時金とは、外国人労働者が日本の会社を退職し母国へ帰国するときに、それまで支払った年金保険料の一部が戻ってくる制度です。
この制度について、受入機関や外国人から、一時帰国する場合でも脱退一時金を受け取れるか、という相談が多く寄せられます。
この点について、特定技能制度の業務経験が豊富な行政書士が回答します。
Q:雇用している外国人が母国に一時帰国することになりました。「厚生年金を一度脱退すれば脱退一時金をもらえる」と聞きましたが、一時帰国の場合でも年金の脱退一時金をもらうことはできますか?(建設業A社)
A:ご質問ありがとうございます。
雇用中の特定技能外国人が一時帰国する際に、年金の脱退一時金がもらえるのか、というご質問ですね。
受入れ事業者さんとしては、日本に戻ってきてまた気持ちよく働いてもらえるように、協力してあげたいところですね。
結論から言うと、一時帰国の場合でも脱退一時金は受け取れます。
しかしそのためには、いくつか注意しなければいけない点があります。
脱退一時金を受け取るための条件や注意点をお話しする前に、まずは制度について簡単に整理しましょう。
年金の脱退一時金制度とは?
脱退一時金とは、日本国籍ではない人が国民年金・厚生年金の被保険者資格を喪失して日本を出国した場合に、「日本に住所がなくなってから2年以内」であれば、脱退一時金を請求できる、という制度です。
簡単に言うと、日本で働いて年金保険料を納めていた外国人が、日本での活動を終えて母国に帰国する時に、それまで納めていた保険料の一部が戻ってくる、という制度です。
健康保険・厚生年金保険に加入している会社で働いている人は、国籍を問わず健康保険・厚生年金保険に加入して保険料を納めなくてはいけません。
それは特定技能外国人でも同じです。
ですが、特定技能の在留期間が終了後には母国に帰る予定の外国人は、老齢年金をもらえないと保険料が掛け捨てになってしまいますね。
このように、老齢年金の受給資格を満たさなかった外国人の保険料が無駄にならないようにするための制度なので、新たに雇用する外国人が保険料の支払いを嫌がった場合には、きちんと制度の説明をしてあげるとよいでしょう。
脱退一時金を受け取るための要件
年金の脱退一時金は、本来は雇用契約が終了して帰国する(単純出国する)場合に支給されるものです。
しかし、単純出国ではなく一時的な出国の場合でも脱退一時金は支給されます。
以下は、脱退一時金が支給されるために必要な具体的な要件です。
脱退一時金の支給要件(厚生年金の場合)
- 日本国籍ではない
- 厚生年金または国民年金の被保険者ではない
- 厚生年金(共済組合等を含む)の加入期間が合計6ヵ月以上
- 老齢年金の受給資格(10年間)を満たしていない
- 障害厚生年金(障害手当金を含む)などの年金を受ける権利を持っていない
- 日本に住所がない
- 最後に年金の被保険者資格がなくなった日から2年以上経過していない
(資格がなくなった日に日本に住所があった場合、資格がなくなった日のあと初めて日本に住所がなくなった日から2年以上経過していない)
つまり、障害厚生年金を受給する資格のない特定技能外国人が、6ヵ月以上10年未満の間年金保険料を支払い、その後厚生年金を脱退して転出届を出した場合、その日から2年以内に脱退一時金の申請ができるということです。
ということは、この条件を満たしていれば、一時帰国の場合でも申請・受け取りが可能ということですね。
ほっと一安心といきたいところですが、脱退一時金を受け取るために日本を出国する場合、注意しなくてはいけないこともあります。
脱退一時金を申請するときの注意点
脱退一時金の申請でよくあるのは、休暇等で母国に帰国する際に、一度勤務先との雇用契約を終了して(退職して)から帰国して、休暇が終わって日本に戻って来た後で、再び同じ勤務先と雇用契約を結ぶ(入社する)、というケースです。
以下、特定技能として就労中の外国人が、一時的に退職して帰国するケースでの注意点をお話しします。
建設業分野では建設特定技能受入計画の認定が再度必要。
一つ目は、建設業分野で特定技能外国人を受入れている事業者さんに気をつけていただきたいことです。
雇用契約の終了や新たな雇用契約の締結について入管に随時届出を提出するのは、どの分野でも共通のことですが、建設業の場合はそれだけでは終わりません。
建設業で特定技能を受入れる時には、入管への届出の他に、国土交通省に対して「建設特定技能受入計画」をオンライン申請して認定を受ける必要があります。
この申請は、一度認定を受けて終わりではなく、一時的にでも退職した場合は、再入社の時にあらためて申請をして認定を受ける必要があります。
つまり、脱退一時金をもらうために一時的にでも退職した場合は、再び入社する時に(同じ会社であっても)もう一度、建設特定技能受入計画を申請して認定を受けなければなりません。
この申請が、かなり煩雑で面倒です。
一時的に退職して再び入社する場合に必要な、建設分野特有の手続きは以下の通りです。
- 外国人就労管理システムに退職報告を行う
- 再来日後の計画期間について、新たに、建設特定技能受入計画の認定を受ける
認定を受けるためにはたくさんの書類を揃えなければなりませんし、認定を受けなければ働き始めることもできませんが、認定までには1ヵ月半〜2ヵ月程度かかってしまいます。
だからといって、退職報告を行わなかった場合は報告義務の不履行にあたり、認定計画取り消しの対象となる場合もあります。
また、認定計画が継続しているため、受入れ負担金も継続して建設技能人材機構(JAC)へ支払わなければいけません。
どちらにしても、建設業で脱退一時金を受取るために一時帰国するのはリスクが伴うため、よく考えておこないましょう。
日本への再入国ができない場合がある
そしてもう一つ気をつけていただきたいのは、一時帰国のあとの再入国です。
入管に雇用契約の終了を届け出ているため、みなし再入国であっても「契約が終了しているのに、何のために再入国するのか」と空港で入国審査官に問われることがあります。
ここで、「脱退一時金受取りのために一時帰国したが、元の職場で再雇用してもらうことになっている、あるいは転職する」ということを、外国人本人がきちんと説明できればいいのですが、そうでないとスムーズに入国できないことがあります。
空港でトラブルになるのは避けたいところですよね。
では、退職せずに、一時帰国する間だけ厚生年金を脱退できないの?と質問をいただくこともあります。
基本的には、雇用契約が続いている間は公的年金に加入する義務がありますが、休職期間が長くなる・いつ復職するかわからないという場合には、いったん年金の喪失届を出し、復職した際にもう一度加入するということは、手続き的には可能です。
しかし、在留期間の更新の際には公的義務が履行されているかチェックされ、保険料の未納があると更新が不許可となる場合があります。
雇用契約が続いているのに年金を脱退している期間があれば、理由を説明したり説明書を提出したりしたうえで審査となる可能性もあるため、注意が必要です。
脱退一時金についての入管の見解
脱退一時金は日本年金機構で認められた制度です。その制度を活用することは、なんら問題が無いという考え方もあります。
一方で、本来は継続して在籍するところを、脱退一時金のために形式上勤務先を退職することに抵抗を感じる人もいるでしょう。
では、入管(出入国在留管理局)は脱退一時金目当ての退職に対してどのように考えているのでしょうか。将来のビザ更新の時などに不利にはならないのでしょうか。
この点について、入管の見解は以下の通りです。
「脱退一時金は日本年金機構で認められた制度であるから、入管としては制度を活用することを禁止はしていない。かといって積極的に推奨しているものでもない。活用によって生じるリスク(建設分野の件、再入国の件など)は自己責任で対応してほしい。」
以上が、脱退一時金目当てに勤務先を一時的に退職することに対する、入管の回答です。(入管に確認済みです)
リスクを理解したうえで自己責任でおこなう場合は、届出等の必要な手続きを忘れないようにしてください。
脱退一時金の支給額
Q:脱退一時金はいくらもらえるのですか?
A:脱退一時金が一時帰国でももらえることがわかったところで、次はいくらもらえるのかが気になるところですが、それは、保険料をどれくらい納めたかによって変わります。
脱退一時金の計算方法
厚生年金保険の場合、脱退一時金の支給額は次の計算式で求めることができます。
被保険者であった期間の平均標準報酬額 × 支給率 = 支給額
平均標準報酬額とは、厚生年金に加入していた期間の標準報酬月額と賞与額を合算した額を、その期間の月数で割ったひと月の平均額のことです。
支給率は「保険料率 × 1/2 × 支給率計算に用いる数」のことで、保険料率の1/2に年金加入期間に応じて決まる係数をかけたものです。
例えば、月収20万円 + 年間賞与30万円 = 年収270万円、厚生年金加入期間3年の場合の支給額を計算すると、
(20万×36)+(30万×3)÷ 36 = 225,000(平均標準報酬額)
18.3%(保険料率)× 1/2 × 36(加入期間3年の係数)=3.294
225,000×3.294=741,150(支給額概算)
※支給計算に用いる係数は、日本年金機構のホームページで確認できます。
年収270万円の外国人が、3年間年金保険料を納めて脱退一時金を請求するとだいたい74万円ほど戻ってくるということになります。
あくまで目安ですが、これくらいの金額が戻ってくるよと伝えられると、厚生年金に加入したくないという外国人も納得してくれるのではないでしょうか。
脱退一時金申請の審査期間
Q:脱退一時金が振り込まれるまでの期間を教えてください。
A:申請書類に不備や問題がなければ、通常は請求後約4か月程度で、指定した金融機関の口座に脱退一時金が振り込まれます。
書類に不備等がある場合は、追加書類の提出や日本年金機構からの確認がありますので、4か月以上かかることもあります。
不備等がない場合でも、請求数が多いなどの状況次第で4か月以上かかることもあります。
Q:脱退一時金の請求結果は通知されますか?
A:支給が決定すると、請求書に記載した請求者本人の住所あてに「脱退一時金支給決定通知書」が郵送されます。請求書に記載した請求者本人の住所は、請求者の母国の住所である必要がありますので、通知書は母国の住所宛てに郵送されます。
母国に帰国した後、再び日本に戻ってくる場合でも通知書は母国宛てに郵送されてしまい、本人が直接受け取ることができないケースもあります。そのような場合は母国の家族などに通知書を受け取ってもらうことが多いです。
Q:「脱退一時金支給決定通知書」を代理人住所宛てに郵送してもらうことはできますか?
A:できません。外国人本人が日本の住所から離脱することが脱退一時金請求の前提となっていますので、通知書は必ず離脱後の母国の住所宛てに郵送されます。
脱退一時金を請求する前に
加入期間に応じて支給額が決まるとお伝えしましたが、2021年3月まではその上限が3年でした。
現在は5年まで引き上げられましたが、5年以上(10年未満)加入していても支給対象となるのは5年までとなります。
そこで、脱退一時金を請求する前に、ぜひ知っておいていただきたいことが2つあります。
一つ目は、脱退一時金を受取ると、請求する前の期間は加入期間ではなくなってしまいます。つまりリセットされるということですね。
リセットされても、また6ヵ月以上年金保険料を収めれば脱退一時金を請求することができますが、外国人でも10年以上年金保険料を納めると、日本国外にいても老齢年金を受取ることができます。
ですので、脱退一時金を受取るかどうかは、これから先、日本でどれくらい働くのかを考えて検討するとよいでしょう。
もう一つは、特定技能外国人の母国が日本と社会保障協定を締結している国で、母国で年金に加入していた場合には、その国の加入期間と日本の年金加入期間を合算できるということです。
社会保障協定とは、母国と日本で年金保険料を二重に納めることを防ぐ、それぞれの国で納めた保険料を合算することで老齢年金の受給資格からもれることを防ぐ、ということが目的です。
2023年3月現在、日本と社会保障協定を結んでいる国は22ヵ国ありますが、そのうち英国、韓国、中国については保険料の二重負担防止のみの協定となっています。
また、協定を結んでいる国でも、脱退一時金を受取るとその期間は合算できなくなります。
特定技能で受入れの多いベトナム・インドネシア・フィリピンについては、協定を結んでいるのはフィリピンだけですが、協定を結んでいる国の特定技能人材を受入れている場合は、年金加入期間を合算して老齢年金を受取るか、母国へ帰国するときに脱退一時金を受取るのか、しっかり話し合えるとよいですね。
今回は、脱退一時金について解説しました。
もう一度ポイントを整理しましょう。
- 一時帰国の場合は空港で再入国の理由を説明できるようにする
- 建設業分野の場合は退職報告と新たな計画の認定が必要
- 支給を受けるとそれまでの加入期間はリセットされる
脱退一時金を申請する場合は、これらの点に注意してください。
ご参考になれば幸いです。
回答者:行政書士 小澤道明(東京都行政書士会所属 登録番号:第16080367)